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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)9098号 判決

原告 麒麟麦酒株式会社 外三名

被告 ライナービヤー株式会社

主文

被告は、その製造するアルコール含有飲料の容器、包装並びにその広告に、「ビヤー」という表示をなし、又は、これを表示した商品を販売拡布してはならない。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、その製造するアルコール含有飲料の容器、包装並びにその広告に、ライナービヤー、ライナー黒ビヤー及びLINER BEER、ライナービヤー株式会社の表示をし、これを表示した商品を販売拡布及び輸出してはならない。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告等四社は、政府の免許を受け、我国においてビールを製造、販売する会社であり、常に製品の品質改善を計つて需要家の愛顧に答えようとしているものである。

近年における我国のビールは、その主産国である欧米のそれにも劣らないという好評を博し、国内における顧客はもとより、外人客にも広く愛用されるようになつた。

二、ビールは、麦芽を主原料とし、これに澱粉を加えまたは加えないでホツプを添加した麦汁を酒精醗酵させたものであつて、極めて古くから人類に用いられたアルコール含有飲料であり(これを慣習的ビール観念という。)、我国酒税法では、

(イ)、麦芽、ホツプ及び水を原料として醗酵させたもの、

(ロ)、麦芽、ホツポ、水及び米その他の政令で定める物品(現在は、米、とうもろこし、こうりやん、馬鈴薯、澱粉、砂糖、苦味料、着色料となつている。)を原料として醗酵させたもの、但し、その原料中、当該政令で定める物品の重量の合計が、麦芽の重量の一〇分の五を超えないものに限る。

(ハ)、ビールに炭酸ガスを加えたもの、

の三種をビールと指称する旨を定義しており(これを税法的ビール観念という。)、ビールはいわゆる醸造酒の一種である。

三、我国においては、原告四社以外にビール製造業者はなく、市販されている国産ビールは、全て原告四社において製造したものであつて、これが、慣習的及び税法的観念におけるビールであり、一般顧客もまた、右のビールを慣習的及び税法的観念におけるビールとして飲用に供していて、慣習的及び税法的観念においてビールでないものが、我が国内においてビールという名称で用いられたことはなかつた。

四、しかして、ビールは、英語ではBEER、独逸語ではBIERと書き、「ビール」とも「ビヤー」とも、或いは「ビーヤ」とも発音し、我国においてもビールのことを一般に「ビヤー」(例えば「ビヤーホール」)或いは「ビーヤ」と呼んでいるものである。

五、被告は、ビールを製造販売する会社ではないところ、主原料として麦芽を使用し、これに澱粉を加え、又は加えないでホツプを添加した麦汁を酒精醗酵したものでなく(即ち慣習的観念においてビールに該当しないもの)、酒税法に定義したビールにも該当しないところの蒸溜して製造したアルコールを添加した酒(酒税法上ビールとして納税したものでない雑酒と認むべきもので、いわゆる蒸溜酒の一種というべきもの。)を製造して、

(イ)、その容器及び包装に「ライナービヤー」、「ライナー黒ビヤー」又は「LINER BEER」と表示して販売拡布し、その広告にも右同様の表示をし、且つ、甚しきに至つては、自ら、「ビヤー界の横紙破り」と誇示するに至つている。

(ロ)、その容器には、原告等が従前から各社のビールに使用したのと同一規格の壜(昭和三一年通産省令第四〇号「計量法第七三条の表示容器に関する省令」別表中ビールに関する部分の四番目-規則様式第五の三-に掲げるもの)を用いている。

(ハ)、右のライナービヤーなるものは、本来のビールに似た褐色若しくは黒色の色相を持たせてある。

(ニ)、右(イ)の表示中には、「ライナービヤー株式会社」という表示もなされて、その製造元又は発売元が或るビヤー会社であることを表示してある。

六、以上のように被告の製造する商品がビールでないのに、これにライナービヤー、ライナー黒ビヤー、又はLINER BEERという名称をつけると、取引者や一般需要家においてこれをビールの一種であると誤信することは必定であり、又その酒精含有飲料の製造元又は発売元の名称として「ライナービヤー株式会社」と表示すれば、それはライナービヤー株式会社という商号のビール会社が製造販売するビールであると一般に思料されるのも当然である。

七、これらの事実からすれば、被告は、その製造販売する酒精含有飲料が、原告四社のような或るビール会社の製造販売するビールであると一般に受け取られるよう商品の混同を意図しているもので、不正競争防止法第一条第五号にいわゆる、「商品の品質、内容につき誤認を生ぜしめる表示」をしているものに該当するといわなければならない。

八、しかして、取引者及び一般需要家に前記のような錯誤を生じ、商品の混同を生ずるときは、ライナービヤーがビールとして消費される結果、その誤認消費の量だけビールの消費を妨げ、ひいては国産ビールの声価を墜し、原告等の商品販売上に多大の損害を生ずるに至ることは明らかである。

九、よつて、原告等は、不正競争防止法第一条本文第五号に基いて、被告の不正競争行為の差止を求めるため本件請求に及んだ。

と述べ、被告の答弁に対し、

一、答弁第五項中、被告が酒類その他の製造販売を目的とする株式会社で、所轄官庁から「雑酒発ぽう酒」の酒類製造免許を受けたことは、認める。ライナー黒ビヤーの製造休止の点は知らない。その製造方法中「諸原料を種々調合加工して醸成し」とあるが、醸造ではない。

(イ)、同項(イ)のラベルについて、被告が、その主張のような表示の承認を受けたことは、認める。しかしながら、被告の引用する「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」等は、酒税保全のための行政措置として容器に、その内容物である酒類の種類又は品目、級別等の表示を要求し、その表示方法について当局の承認を求めさせようとするもので被告は、単にその表示方法としてのラベルの承認を得たに止まる。このラベルに描かれた表示が、他人の商標権を侵害するかどうか、不正競争となるかどうか等については、何等の審査が行われないのであつて、承認を受けたラベルを使用すれば、如何なる面においても常に正当であるということはできない。即ち、ラベルの承認と、不正競争行為の成否とは全然無関係なものなのである。

(ロ)、同項(ハ)の壜について、原告等が三六〇立方糎の容器を使用しなかつたということは、否認する。原告麒麟麦酒株式会社及び原告日本麦酒株式会社は、昭和一二年から昭和一五年まで使用したことがある。

五〇〇立方糎の壜について、被告が、昭和三四年一〇月一日から使用を許されたことは認めるが、被告は、その以前から、原告等がこれをビールに使用していることを知つておりながら、この壜を使用していたものである。

二、答弁第八項中、被告の創業以来のライナービヤーの製造石数は知らない。原告等の製造にかゝるビールが、世人の賞讃を得て需要家数の増加を見たことは認める。それがために一層商品の誤認、混同を防止する必要があるのである。

と述べ、証拠として、甲第一、二、三号証、第四号証の一、二、第五号証を提出し、証人片桐時太郎、石川真吉、山田襄二、新田博、福田志郎、西出忠義の各証言を援用し、乙各号証の成立は、全部認める。と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実は、知らない。

二、同第二項の事実は、認める。

三、同第三項の事実は、知らない。

四、同第三、四項について、

ビールは、徳川時代後期に我国に輸入されて以来、和蘭陀語系のビール(あて字は麦酒)の語をもつて表現され、長い歳月と伝統を経て今や全く「ビール」(麦酒)の語が国民感情の中に融け込んで、普遍的な慣用呼称となつており、酒税法上も「ビール」の用語を使用している位であるから、外国語の発音をせんさくするまでもなく、一般世人は、ビールと呼ぶことによつて直にいわゆるビールを観念するものである。

五、同第五項前段の事実は、認める。

被告は、酒類、清涼飲料、嗜好飲料等の製造販売を目的とする株式会社で、創業以来日なお浅い小会社であるとはいえ、当初から所轄官庁より発ぽう酒の製造販売の免許を受け、酒税法上雑酒第二級発ぽう酒に属する「ライナービヤー」及び「ライナー黒ビヤー」(但し、黒ビヤーは昭和三三年夏から製造休止しているので、店頭に市販されていないと思われる。)を適法に製造販売しているものである。

ライナービヤーは、大蔵省醸造試験所考案の発ぽう酒を基礎として、研究に研究を重ねて市販化に成功した軽酒精飲料時代に即応する画期的な飲料であつて、独得の風味と香気を有する発ぽう酒であり、その製造方法は、少量の麦芽、温水、ホツプ、澱粉、水飴、アルコール、アミノ酸、グルタミン酸、炭酸ガス等の諸原料を種々調合加工して醸成される(アルコール分七パーセント、エキス分三パーセント)もので、四、記載のいわゆるビールとは全く異る種類の酒である。

(イ)、同項(イ)中、被告がその製造するアルコール含有飲料にライナービヤーと名をつけ、その容器や包装に「ライナービヤー」と表示して販売していること、及びその広告にも同様の表示をし、且つ、「ビヤー界の横紙破り」と記載した広告をしたことは、認めるが、その余の事実は否認する。

被告が、その商品に貼付するラベルは、昭和三二年一二月から国税庁長官及び大蔵大臣より、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」第八六条(現行第八六条の五)同法律施行令第八条(現行第八条の三)、同法律施行規則第一一条の二(現行第一一条の六)等に基く表示の承認を受けて、正当に業務活動を続けているものであり、大蔵大臣の承認を受けたラベルを商品に貼付することは適法な行為であるのみならず、右のラベルには「はつぽう酒第二級」の表示がしてあつて、ビールでないことを示してあり、又ライナービヤーはビールでないと広告して、その販売をしているものである。

(ロ)、同項(ロ)中、一部原告主張の壜を使用したことは認める。ライナービヤーの容器(ガラス製)には三六〇立方糎と五〇〇立方糎の二種類のものがあり、前者は米国製の古容器(スタツピー型と呼ばれている。)で、原告四社は、この型の容器を未だ使用したことがなく、原告主張の後者の容器は、昭和三四年九月一〇日に改正された昭和三一年通産省令第四〇号「計量法第七三条の表示容器に関する省令」により、昭和三四年一〇月一日以降発ぽう酒の規格容器として正当に使用を許容されているものであつて、原告等に限つてその使用が認められているものではないのみならず、被告はライナービヤーの容器としては、殆んど前記スタツピー型を使用し、原告主張の容器は現在は使用していないのが実情である。

(ハ)、同項(ハ)について、

元来、麦芽は、ウイスキー、ホツプはリキエール及び薬用酒等の原料で、ビールのみに特有の原料ではなく、また麦芽とホツプを混合使用すれば、自然発生的に淡褐色(黒麦芽を使用すれば黒色)を呈するものであつて、ライナービヤーの色も自然発生的に生じたもので、人工的に着色したものではない。

(ニ)、同項(ニ)中、被告の商品に、「ライナービヤー株式会社」の表示のあることは、認める。

六、同第六項は争う。

ライナービヤーの容器には、凡て、「はつぽう酒第二級云々」と明示したラベルを貼付して、ビールでない特異発ぽう飲料であることを一見して判るように表示し、「ビール」の字句を使用していない点(ライナービヤーと大書した表示は一体不可離で一個の名詞となつている。)から見ても、取引者や一般需要家が、ライナービヤーをビールであると不用意に誤認することは、社会常識上到底あり得ないところであるのみならず、取引者や一般需要家は、ビールを購入するに当つて、その醸造銘柄を選択するのが常であり、同じビール会社である原告四社間においてすら、需要家からその品質の良否等を問われて業績に高低がある筈である。

七、同第七項の事実は、否認する。

被告は、低所得層の勤労大衆を対象にしてライナービヤーの販路を開拓しようとしているものであつて、世人をいつわりビヤーをビールと誤認させて不当な利益を貪らうとは、夢想だにしたことはない。

八、同第八項は、争う。

被告としては、これまで、事業経営上幾多の困難に遭遇し今後もいばらの道を歩むことは必定であつて、創業以来今日まで、その製造販売したライナービヤーは、総計僅か一一、六〇〇余石であるのに反し、原告四社のビール販売高は、昭和三一年度二、九六九、〇〇〇石余、昭和三二年度三、三〇二、〇〇〇石余、昭和三三年度三、四九四、〇〇〇石余、昭和三四年度三、九四二、〇〇〇石余、昭和三五年度五〇〇万石余と逐年増加盛況の一途を辿り、隆昌殷盛を極めているような状態で、その商品販売上に損害を受けるなどとは、到底考えられないところであるのみならず、被告は、未だその製品を外国に輸出したこともなく、国産ビールの声価を墜すようなことはあり得ないのである。

九、以上のように、被告がライナービヤーを製造販売することは、正当な行為であつて、何等不正競争防止法第一条に抵触して、原告等の営業上の利益を害するようなことにならないから、原告等の本訴請求は、失当たるを免れない。

と述べ、証拠として、乙第一、二号証の各一、二、第三号証、第四、五、六号証の各一ないし四、第七号証を提出し、証人上沢忠司、青木周夫、上野雄靖、山田正一、佐藤新一の各証言及び被告会社代表者本人尋問の結果を授用し、甲第一号証中向つて右側がライナー黒ビヤーの壜の写真であることを認め、その他の部分の成立は知らない。甲第二、三号証の成立は、認める、甲第四号証の一、二、第五号証の成立は、知らない。と述べた。

理由

ビールとは、麦芽を主原料とし、これに澱粉を加えまたは加えないでホツプを添加した麦汁を酒精醗酵させたものを云い、極めて古くから人類が飲用に供して来たアルコール含有飲料であり、いわゆる醸造酒の一種に属することは当事者間に争がなく、酒税法においては、

(イ)、麦芽・ホツプ及び水を原料として醗酵させたもの

(ロ)、麦芽・ホツプ・水及び米その他の政令で定める物品(現在は、米・とうもろこし・こうりやん・ばれいしよ・でんぷん・砂糖・苦味料・着色料が政令で定める物品である。)を原料として醗酵させたもの(但し、その原料中政令で定める物品の重量の合計が、麦芽の重量の一〇分の五を超えないものに限る。)

(ハ)、ビールに炭酸ガスを加えたもの

の三種をビールと指す旨を定義している。

ビールは、英語でBEER・独逸語ではBIERと書き、これを「ビール」とも「ビヤー」とも発音し、我国においては、ビールのことを一般に「ビール」と呼ぶ外に、「ビヤー」(例えばビヤーホール)とか「ビヤ」(例えばビヤ樽)とも呼んでいること、及び原告四社は、我国政府の免許を受けて、ビールを製造販売している会社で、我国においては、他にビール製造業者はなく、国内に市販されている国産ビールは、凡て原告四社において製造したビールのみであつて、これが不正競争防止法の施行地域内に広く販売拡布されていることは、公知の事実である。

してみれば、ビールという呼称により観念されるものは、前記酒税法所定の品質を有する商品であると解すべきである。証人山田正一は炭酸ガスを含有する清涼飲料をビールと称する例が外国にあり、米国ではこの種清涼飲料をルートビール又はジンジヤービール等の名で市販している旨証言するけれども、このような用語例は現在の我国には全く妥当しないところである。ところで、被告は、酒類・清涼飲料・嗜好飲料等の製造販売を目的とする株式会社で、所轄官庁から発ぽう酒の製造販売の免許を受け(ビールの製造免許は受けていない。)、酒税法上雑酒第二級に属する発ぽう酒を製造し、これに「ライナービヤー」という名をつけて販売していることは、当事者間に争がない。

証人上野雄靖及び上沢忠司の各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、右被告の製造する発ぽう酒の製法は、麦芽少量に澱粉と水によつて甘い汁液を作り、これを濾過して滓を取り除いたものにホツプ及び苦味物質を添加して一種の芳香を与え、これを数日間醗酵させて独得の香りを得た上、これに所定量のアルコール・アミノ酸その他数種の調味料を添加して元液とし、さらに、この元液を冷却水と炭酸ガスの下で調合壜詰にするものであつて、そのアルコール分は七パーセント、エキス分は三パーセントとなつていること、ビールは酒精醗酵させてアルコールを添加しないので約四・五〇日間の製造日数を要するが、右被告の製品は、酒精醗酵をせず後でアルコールを添加するので約一週間ででき上るものであること、この被告の製品の色は、ウイスキー麦芽を使用してあるので自然にビールと同じ琥珀色を呈し、人工的に着色したものではないこと、また、被告は、黒い色相を持つアルコール含有飲料を製造し、これに「ライナー黒ビヤー」という名をつけて市販したことがあり、このライナー黒ビヤーの製法も、右と大体同様であるが、唯麦芽を黒く焼いて使用し、少量の法定着色料を加える点が異つていること、が認められ、右認定に反する証拠はない。

右被告の製造するアルコール含有飲料は、一般的意味におけるビールの範ちゆうに属しないこと明かであるところ、被告は、その容器及び包装に、別紙ラベルの如く、「ライナービヤー」と表示して販売し、その広告にも同様の表示をした上、「ビヤー界の横紙破り」と記載して広告した事実があること、また、そのラベル及び広告に「ライナービヤー株式会社」という記載があること、は、当事者間に争がない。

被告は、その製造販売にかゝるアルコール含有飲料がビールでないことを明にする為ことさら、「ビール」という語を避け、「ビヤー」という名称にしたと主張するけれども、我国においては、「ビール」と「ビヤー」とが同意義に使用されること前認定のとおりであるから、ビールと異質のものであることを示す為の表示としては不十分であるばかりでなく甚だしくまぎらわしいものといわなければならない。

けだし、証人新田博・西出忠義・福田志郎・山田襄二・石川真吉・片桐時太郎の各証言を総合すると、ビールの一般需要家は、ビールを購求するに際し、希望の銘柄を指定することが多いけれども、中には、銘柄の何であるかに関心のない者もあり、又廉価なビールであると云うことを理由にライナービヤーを買い求めた客もあつた位であつて、ライナービヤーの初めて売り出された当時は、酒類小売業者でさえ、これをビールの一種であると信じて顧客に売り渡した事実のあることが認められるからである。従つて、この「ビヤー」の表示は、正に不正競争防止法第一条第五号にいわゆる「商品ノ内容、品質ニ付誤認ヲ生ゼシムル行為」に該当するものといわなければならない。

尤も、被告は、「ライナービヤーはビールでない。」旨を広告していると主張し、被告代表者本人尋問の結果によつて真正の成立の認められる乙第三号証によれば、被告は、昭和三五年六月三日の東京新聞の夕刊紙上に「飲み比べて下さい。ライナービヤーはビールと違います。」という見出しで広告を掲載したことが認められるけれども、右は、本訴提起後のことに属するばかりでなく、その広告文にはビールとの相違点として醸造法、含有アルコールの度数及び価格を挙げているけれども、前記のような醸造法における本質的相違点を明かにしないで、却つて、たゞライナービヤーには麦芽やホツプ以外にアミノ酸やミネラル等を含むことのみを強調して、あたかも、ビールの有しない成分をも含有する優秀なビールであるかのような印象を与えるのである。

その以前には、被告は、ライナービヤーを「ビヤー界の横紙破り」とする広告文によつて、ライナービヤーがビール界における特異の存在として受取られるような宣伝をしたことがあること成立に争のない甲第二号証により明かである。

被告は、又、商品のラベルには、別紙のように「はつぽう酒第二級」と表示して、ライナービヤーがビールでないことを明示してあると主張し、成立に争のない乙第二号証の一、二によれば、なる程、その商品のラベルには、「はつぽう酒第二級」と表示されていることが認められるけれども、前掲甲第一号証によれば、被告は、「はつぽう酒第二級」の表示のないラベルを貼つて商品の販売をした一時期のあつたことがあると認められる。のみならず、酒税法上でこそ、同法施行令第九条第一二項で「発ぽう酒」とは、酒類の製造行程中に生ずる炭酸ガスをその液中に包含させ又は酒類に炭酸ガスを加えて発ぽう性をもたせた雑酒をいう。」と規定して、発ぽう酒を雑酒の一種としてビールとは異るものとして取り扱つているけれども、ビールも液中に炭酸ガスを包含している発ぽう性のある酒であるから、一般人が「はつぽう酒第二級」との表示を見てこれをビールでないと判断することは極めて稀であり、多くの人は漫然この表示を看過するであろうし、中には却つて、「はつぽう酒」という表示があるために、ビールと誤認する場合もあり得るから、「はつぽう酒第二級」との表示あることの故をもつて、ライナービヤーがビールでないことを明示していると解することはできない。

のみならず、不正競争防止法第一条第五号にいう「商品若ハ其ノ広告ニ其ノ商品ノ品質、内容ニ付誤認ヲ生ゼシムル表示ヲ為シ又ハ之ヲ表示シタル商品ヲ販売拡布スル行為」とは、客観的に、或る商品について、或る表示又は広告をすることによつて、普通一般人が、その商品の内容や品質を誤認するものであれば足り、必ずしも、その行為者について、その商品の品質内容を他の商品と誤認させようとする意図があるかどうか、その意思の存在しない場合には、その存在しないことについて過失があるかどうかなど、その主観的要件の存在は必要のないものと解するのが相当であるから、仮に、被告が、その製品ライナービヤーにビールとは異ることを表示しようとする意思を有していたとしても、客観的にビヤーという呼称の為ビールと混同誤認を招来すること上来説示のとおりであるから、前記法条の適用を免れるに由ないのである。

被告は、さらに、「ライナービヤー」と表示した別紙のラベルについては、国税庁長官及び大蔵大臣から法令によつてその使用を許されているものであるから、これを使用することが不正競争防止法第一条第五号に該当することはない。と主張するところ、なる程、被告が別紙のラベルの使用について、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」等の規定による大蔵大臣の承認のあつたことは、当事者間に争がないけれども、右「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」は、酒税の確保及び酒類の取引の安定を図る目的の下に、その第八六条の五において、酒税保全の措置の一つとして、その製造場から移出し、若しくは保税地域から引き取られる酒類又はその販売場から搬出する酒類の容器又は包装の見やすい場所に一定の表示をすることを要求し、その表示方法については、同法律施行令第八条の三によつて大蔵大臣の承認を受けることが必要とされている関係上、被告は別紙のラベルについて右にいう大蔵大臣の承認を受けたに過ぎないものであつて、この承認を受けたことによつて別紙のラベルを使用することが、如何なる面においても適法なものとなると解することはできない。右の法律は、不正競争防止法とは別個の目的を有する法律で、不正競業行為の防止を目的としたものでないので、右の法律による承認があつたからと云つて、不正競争の成立を阻却する理由とはならない。別紙のラベルの使用が不正競争として成立するかどうかは、不正競争防止法の面から改めて審査されるべきものであるから、前記の承認を受けたことによつて、全ての面において適法となるとする被告の主張は理由がない。

ところで原告等は「ライナービヤー」の表示全体の差止を求めているが、その内「ライナー」という部分は、例えばキリンビールの「キリン」、サツポロビールの「サツポロ」と同様にその商品に個有の名称で、単に、「ライナー」と表示してあるのみでは、これによりビールと誤認する虞れがあるということはできない。要は、ビールでないものに「ビール」又はこれと同義語の「ビヤー」という表示をしてビールの一種であるようにして販売するところに、商品の誤認、混同をする虞れがあるのであるから、その「ビヤー」の表示の差止をすれば充分であつて、「ライナー」の表示部分の差止まで認める必要はないといわなければならない。

原告等は、「LINER BEER」の表示の差止をも求めているけれども、原告等の全立証によつても被告が、その商品又は広告に「LINER BEER」という表示をしていることが認められない。単に「LINER」と表示しているに過ぎないことは、成立に争のない甲第三号証により明かであるから、「LINER BEER」の表示の差止を求める部分も又、失当であるといわなければならない(尤も、別紙ラベルの最下段には、赤い字で「LINER BEER CO.LTD」の印刷がされているが、原告等は、この部分の差止を求めてはいない。のみならず、これは、被告会社のライナービヤー株式会社という商号を、英語で表したものにすぎない。)。

次に、原告等は、「ライナー黒ビヤー」の表示の差止を求めているが、不正競争行為として差止の対象となるのは、現在及び将来の行為であつて過去の行為ではない。しかして将来の行為について差止をなし得るのは、現に不正競争行為が存続し、且つ将来に継続する危険の存する場合たることを要し、現在不正競争行為がない場合には、過去に不正競争行為がなされてから間がなく、近い将来に再び同じ行為が繰り返される可能性が極めて大きく、現在においてもその可能性のあることを推認し得る場合に限るべきものと解すべきところ、証人青木周夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告は、黒い色相を持つライナー黒ビヤーを製造市販したことがあるけれども、その需要が余りにも少なかつたため、昭和三三年の夏以来その製造を中止して市販されておらず、将来再びこれを製造して売り出すかどうか、売り出すとしても何時売り出すことになるのかどうかも判然しない。と認められ(右認定を覆すに足る証拠はない。)、現在、これを製造販売する可能性は極めて少ないといわねばならないので、「ライナー黒ビヤー」の表示の差止を求める点も理由がないといわなければならない。

また、原告等は、「ライナービヤー株式会社」の表示の差止をも求めているが、これは、被告の商号であつて、商法第二〇条又は第二一条等に該当する場合には、その商号の使用の差止を求めることができるけれども、同一又は類似商号又は営業主体を誤認させる商号でない限り、他人が、右商号の使用を差止めるべき権利は原則として有しないものといわなければならない。なる程、「ライナービヤー株式会社」の表示が、その製造するアルコール含有飲料の容器や広告に表示してあれば、一般人は、その商品をビールと見ることがあるのではないかとの疑も生じないではないが、例えば、被告会社がウイスキーやブランデーを製造販売することになり、そのラベルに「ライナーウイスキー」又は「ライナーブランデー」等と表示し、併せて「ライナービヤー株式会社」と表示するとした場合、一般人は、これをしもビールであると誤認するとは考えられないところであり、又、単に「ライナー」と表示して、その下に「ライナービヤー株式会社」と表示したとしても、これをもつて直ちにビールとの商品の混同を生ずるのが普通一般であるということはできない。のみならず、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」第八六条の五、同法律施行令第八条の三によれば、酒類製造業者は、その酒類の容器の見やすい箇所に、自己の氏名又は名称、その製造場の所在地、容器の容量、当該酒類の種類品目、類別、級別、その他成分規格等を容易に識別できる方法で表示することが要求され、その表示方法を定めるには、大蔵大臣の承認を受けることが必要とされているのである。被告は、右法令の規定に従つて、自己の商号である「ライナービヤー株式会社」とその英語名である「LINER BEER CO.LTD」と表示した別紙のラベルについて、大蔵大臣の承認を受けたものであつて、その商号である「ライナービヤー株式会社」の表示がなければ、大蔵大臣がその承認を与えなかつたであろうことは火を見るより明らかであり、又商品の広告に、その製造業者や発売業者の氏名商号等を表示するのは普通のことである(この点は公知の事実である。)から、被告が自己の製造した商品に、自己の商号である「ライナービヤー株式会社」又はその英語である「LINER BEER CO.LTD」を表示し、又はその広告にこれを表示することをもつて、不正競争行為に該当するということはできない。従つて、原告の本件請求中「ライナービヤー株式会社」という商号をラベルやその包装又は広告に表示することの禁止を求める部分も失当であるといわなければならない。

なお、原告等は、「ライナービヤー」と表示した商品の輸出の禁止を求めているが、原告等の全立証によつても、被告がその製品を外国に輸出した事実並びに近い将来輸出する可能性の存在は認め難いから、この点の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由のないものといわなければならない。

被告は、仮に、被告の行為により商品の品質又は内容に付誤認を生ぜしめたとしても、その為に、原告等は営業上の利益を害せられるおそれがないと主張する。

ところで、不正競争防止法第一条本文にいわゆる「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」とは、必ずしも、不正競争者の行為によつて自己の営業上の利益が現実に侵害されたことを必要とせず、将来営業上の利益に損害が発生するであろう確定的関係の成立があれば足りると解すべきところ、前記認定のように、被告がその製品にライナービヤーと名をつけて売り出したため、取引者や一般需要家の間ではこれがビールの一種であると誤認して使用したことが認められるのであるから、その誤認して消費した量だけは、原告等の製造したビールの消費が減少したものであり、又、将来誤認消費されるであろう量だけは、ビールの消費が延びない理屈となり、このことは、原告四社の営業上の利益に損害の発生するであろう確定的関係が成立しているもの、即ち、その営業上の利益が侵害され、又は侵害される虞のある場合に該当するといわなければならない。なる程、被告会社代表者本人尋問の結果及び証人山田襄二の証言によれば、被告会社の創業以来のライナービヤーの製造販売高は総計約一六、〇〇〇石であるのに対し、原告四社の製造販売したビールの量は、昭和三五年度だけでも合計約四五〇万石から五〇〇万石にのぼることが認められ(右認定に反する証拠はない。)、原告四社の製造販売量に比較すれば、被告のそれは極めて微々たるものであり、その内誤認消費の量は、更に、相当下廻ることを推認することができるけれども、量の多少は、それだけでは不正競争防止法の適用を否定する理由とならない。

以上の次第で、被告がその製造するアルコール含有飲料に「ビヤー」と名をつけ、これを商品の容器、包装又は広告に表示して販売拡布する行為は、不正競争防止法第一条本文第五号に該当するというべきであるが、「LINER」又は「ライナービヤー株式会社」の表示をすることは、これに該当しないものといわなければならないから、原告等の本訴請求中、「ライナービヤー」の「ビヤー」という部分の表示の差止を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 岡田辰雄 吉永順作)

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